アイデア自体には価値はない
メディアとパクリパクられについて — 乱れなよ、そして召されなよ
この辺りを踏まえつつ。
結論から言って、私はアイデアに価値があると思っていない。
特許制度とかもなくて良いと思っている。
で、何に価値があるかって言うと、実現することに価値がある。
著作物、著述やプログラムは価値がある。
アイデアに価値がないっていうのは言い過ぎかもしれない。
でも、パクって良いと思っている。むしろ、多くの人がパクるべき。より多くパクられたアイデアがすばらしいアイデア。
著作物のコピーはいかん。
これは才能と労力へのフリーライドであり盗みである。と思う。
アイデアっちゅうのは、才能や労力とはあんまり関係ない。
もちろん、三日三晩KJ法やらで時間かけてできたアイデアとかもあったりするだろう。
長年の蓄積の上で出た誰にでも出せないアイデアもあるだろう。
しかし世の中がアイデアだけ出す人になってアイデア勝負になったらどうなるのか。
実現しないアイデアばかりでどうする。
アイデア自体では、社会は良くならない。
ブツがあってこそ社会が良くなる。
実際に書かれたテキストを読んで、あるいはプログラムが動いて、組み立てられた製品が動いて、役に立ったり、幸福になったりする。
レッドブルとポカリを混ぜる、というアイデア自体には価値はない。
物としてのレッドブルとポカリには価値がある。
ところで、このアイデアを広めることにも価値がありそうに思う。
誰にも伝わらないアイデアは無意味だが、それを人に伝えることで、実現する可能性がある。
レッドブルとポカリの混ぜ合わせは用意に実現できる。
その混ぜるっていうのは、自分が考えたんだから、勝手に混ぜるな、等と言う話が通るか?
当然、現行法は遵守すべきだろう。
権利化されたものを侵害すれば罰を受ける。
特許制度の意義も理解はしている。
この制度の上で、営利活動をする主体がアイデアを権利化するのは当然のことだ。
でも、なくて良いと思う。
特許関連業務に割かれる労力は何も生み出していないという点で無駄である。
ある製品のアイデアの元にもっとも高いコストパフォーマンスでそれを実現し、製造し、提供する事業者から買えば良い。
Androidスマホなんて、細かな独自機能はあっても基本的なアイデアは共通で、結局のところ製造者で選んでいる。製品のコスト、クオリティで選んでいる。
極言すればiPhoneも似たようなもので、それでもiPhoneが売れている(利益ベース)のもそう言うことだろう。
IPhoneとAndroidはパクりパクられで、そうして社会全体の利益になっている。
で、パクりを認めたらアイデアを出す、発明のインセンティブがないので、特許として権利化しよう、というのが特許制度なのだけれども。
じゃあ、企業の研究って投資対効果いかほどなんですかね。
Xerox PARCは、ものすごい発明、世界を変えるアイデアをたくさん出したと思うんだけど、投資対効果はなかった。
それらの発明はパクられ、そして実際に世界を変えた。
国家が研究に金を出すのも実は反対。
これも投資対効果がない。
じゃあ、誰もやらないじゃないかって言うことになるけれども、そんなことはないと思う。
誰かパトロンが金出す分には文句はない。
今のビルゲイツがやっているような感じ。
そして、アイデアを出せる人って言うのは、アイデアが枯渇したりはしない。
どんどん湧き出てくるもの。
尽きることがないのだから、なんぼパクられても構わない。
と、私は思う。
で、アイデアだけ出してしまい、という人はそこどまり。
社会に対して貢献できていない。しなきゃいかんわけではないけども。
すごいアイデアを考えついたら実現したいと思うもの。
書けるものなら書くだろうし、生産設備がいるならいるで何とかしようと思うもの。
ところで、まとめ、とかで引用されてパクられた!と思うこともあるかもしれない。
元記事よりもアクセスが多いことがあるかもしれない。
まあ、良いんじゃないの?と思う。
自分のアイデアがより広まって、より社会に貢献できるのだろうから。
権利を主張したいなら法律に基づいて権利化しましょう。
たくさんパクられるようになりたいものだ、と思う。
本ネタは自分だぜ!ということで良いんじゃないかな。