極論かどうか?より、物事を前に進められるかどうかが大事

「Aしかない」とか極論を言う人の役立たなさ - プロマネブログ

極論ベースで議論する人が少ない集団、極端な決断をしないリーダーが率いる集団の方がパフォーマンスが良いというデータなりロジックを示さないと反論にならない。賛同するのは、ちきりん嫌いの人だけ。それで良い?

 

これはデータがあれば、はっきりする話。

しかし、そんなデータはない。

しかし、どちらかのポジションをとって組織を運営しないといけない現実が会ったりする。

 

私としては、ビジネスパーソンの実感としては、ちきりん氏に同意する。

 

ちきりん氏は、あんまりロジックを示していないように見えるが。

 

「ふーむ」やめたついでにいろいろ言っちゃおうかなコーナー - jt_noSke's diary

多分、正しい態度なんだろうな。大企業での処世術としても正しい。企業内人材としては安定感、信頼感があるような人と感じる。「ダジャレキャラ」を「正しい自分」と切り離してしまえば良かったんじゃないかな。

 

で、「ふーむ」の人が、予断で極論を言ったりしないタイプ。

企業での処世としては正しいと思う。

仕事がちゃんとできれば、という前提が必要だが、安定感、信頼感がある人材と見なされてそれなりの処遇が受けられる可能性が高いと思う。

一方、極論タイプは、集団を大きく前進させられることがある。反面、リスクが大きい。

ハイリスクハイリターンだが、全体でうまくヘッジすれば良いのであって、後者の人材がある程度は組織としては必要で、そちらの方がパフォーマンスが良い、というのが私の感覚だ。

 

個人に対してアドバイスするなら前者をおすすめする。

個人で大きくリスクを取るのはヤバい。

 

 

そんな感じ。

 

「AもBもあり、判断保留」というのは物事を前に進めないよなあ、とは思う。

が、これが良いケースもあると思う。

 

例えば、「XX島は我が国の領土か、B国の領土か」という問題があるとして、「AもBも意見があるのは分かった、判断保留」と問題を棚上げにして、パワーを生産的なことに使う、というケース。

 

領土問題は解決しないが、そんなことより大事なことがあるので、そちらにパワーを使う、という集団の方がパフォーマンスが高い。

 

反論のための反論も、何も前進させない。

 

本質的なこと、重要なことを主眼にして、それを前進させる、良くさせるための議論にこそ意味がある、と思う。