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「エセ科学」「エセ経済学」に騙されないために必要なのは「クリティカルシンキング」なんじゃないの?

ちきりん氏のお粗末な科学教育論 - バッタもん日記

またか。どうして対案が出せないの?それじゃ勝負の土俵にも乗れてないぜ。建設的に行こうよ。というか批判にもなってないけど。

 

以前、

 

「ちきりん批判」が粗雑ではないか?という話 - lestructure's blog

 

という記事を書いており、またか、と思った。

 

 

ちきりん氏の良いところを書いてみる - lestructure's blog

 

良い所は認めずに、内容そのものに対してでなく細かい点で批判を行い、本質的な部分での批判、対案を出すことはない。

さらにそれに乗って叩く人々。感情先行。

まあ、一種の娯楽なんでしょう。

 

で、それはともかくとして、表題のとおりのことを思った。

 

はてなユーザーの傾向だろうけど、「エセ科学」に対して厳しく「科学リテラシー」の乏しい人にも厳しい(というかバカにしている)割には「エセ経済学」的なものに対しては批判的な見方をせずに何となく信じてしまっている(もちろん自分で気づいてはいない)ように見える。

高校、大学と理系で進んできて「科学的」「数学的」な素養があってもエセ経済学には騙されるのだとしたら。

 

私が思うに、多分「エセXX」に騙されないようになるために必要なのは、「ではなく「クリティカルシンキング」だろう。

 

で、もう一つ。

 

「役に立つ知識」としての学問: やまもといちろうBLOG(ブログ)

これはいただけない。可能性を狭めないことなんて不可能だよ。リソースは無限にない。取捨選択の議論は必要。

 

もちろん可能性は広い方が良い、がリソースは有限なので取捨選択は必要。

無限なら高校に理系、文系、英語科、商業科、工業科、体育科などなどは全く不要で全部教えれば良い、ということになる。

 

結局、教育も投資なのであってお金を無限にかけれるとしても、時間は絶対に有限なのだから取捨選択は必要。

 

あんまり考えてみたことはないけど、この流れでクリティカルシンキングは教えて良いよなあ、と思った。

クリティカルシンキングは中学高校でやるような科学、数学とは無関係に教えることが出来る。

 

エセ科学、エセ経済学を無批判に信じてしまう人が確かに多いのだから、義務教育で訓練した方が良いような気はするが、まあ、難しそうだな、とは思う。

 

と書いてきたが私自身は、

 

中卒で就職するのが普通になるべき - lestructure's blog

 

と思ってたりする。