STAP細胞 あれば良いし、なくても面白い
STAP細胞について、最初に認識したときに連想したのは徐福と秦の始皇帝だ。
徐福は始皇帝に不老不死の薬を採りに行くと言って金を引っ張ったという。
私はこの逸話が好きだ。
当時、最も「持てる」ものであった始皇帝、しかも後の皇帝は数あれど唯一無二の始皇帝その人でさえも得たいと願いながらも手に出来なかった不老不死。
そこをついて金を引っ張った徐福は詐欺師と言ってしまえばそれまでだけども、その相手は時の最高権力者でもあり何とも痛快な話ではないか。
ひょっとすると、当時の始皇帝よりも現代人の方が多くを持っているかも知れない。
我々現代人が何より切望しているのも、不老不死かもしれない。
私は、若い頃はそうでもなかったが、今、不老不死の薬あるいはそれに近い何かがあるなら、欲しい、と思う。
で、STAP細胞。
本当にあると良いなあ。
でも、なかったとして、偽りだったとしても、がっかりはするけれども、困りはしない。誰も。
理研の人は困るかもしれない。
しかし、理研自体が、そもそもなくても良いのではないか。
理研がなくなれば、もう、誰も困らない。
小保方氏が真にSTAP細胞の発見者なら素晴らしい喜ばしいことだ。
そうでないとしても誰も困らない。どころか、私自身は、ちょっと小気味よく痛快でさえある。
さて、現在の始皇帝は誰で徐福は誰であろうか。
無粋を承知で書くならば、現在の始皇帝は国民、納税者であり、徐福は理研であろう。
なかなか薬探しの旅に出発しない徐福にキレた始皇帝が徐福を呼び出したところ、徐福は逆ギレして船作る金が足らんと言って余計に金を分捕って帰ったとか。
創作でも、面白ければ良い、みたいな所あるよね。
誰も困ってないし。