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発明のリスクとコストは誰が負担する?

所謂青色LED訴訟について、何で今更、またそこからの議論なの、という言説を見かけるようになった。

時間の問題とも言われていたノーベル賞が現実のものとなったこのタイミングなのでホットになるのは当然とも言える。

 

もちろん、発明そのものと裁判の意義は大きいけど、騒動の結論というか教訓は、

 

「お互いのために契約を事前に明確にしようぜ」

 

以上でも以下でもない。

その意味で、報酬規定義務付けについては基本的には良い方向である。

 

 

青色LED訴訟

404特許 - Wikipedia


から引用する。

404特許について、特許を受ける権利の原告への原始的帰属の確認、及びそれが認められない場合は譲渡の相当対価を求めて、中村は日亜化学工業を相手に訴訟を起こした

裁判所が和解勧告を出し、2005年1月に原告被告とも受け入れて訴訟が終了。結果的に控訴審で判決が出ることはなかった

和解金は404特許も含めた原告の関わった全職務発明に対して約6億円(実際は延滞損害金も加えた約8億円)

と、ここまでが客観的事実である。

 

特許権の帰属については、会社のものとの結論である。
貢献度については色々な考え方があろうが、職務発明であり譲渡契約が行われているのであるから当然であり、この点についてどこからも異論はないだろう。

 

貢献への対価

結局の所、貢献への対価がどれほどなのか、というのがポイントである。

発明者と会社それぞれの主張には金額として大きな開きがあったが、結果的に、その中間となった。
そもそも開きがあるから裁判になるのだし、個人、法人が自己の権利を最大限あるいは過大に主張するのは当然であろう。

 

誰が悪いのか

発明者に対して過少な対価しか支払わない会社は悪い、ということはできるだろう。
また、過大な対価を要求する発明者も悪い、ということもできる。

あるいは、権利主張は当然のことであり悪くない、ということもできる。

 

しかしながら、裁判に至る事体になれば発明者も会社も双方ともに無駄な時間と費用を使ってしまう。

これは単純に損失だ。(社会全体としては判例ができてありがたいが)

 

理想の発明システム

では、どうすれば誰も悪くなく、損しないのか。

簡単な裏返しで、過大でも過少でもない妥当な額の対価が支払われれば良い。

 

裁判所相当の第三者機関が都度算出するということが考えられる。しかし、第三者に情報提供する必要がある等の余計なコストがかかる。当事者間で合意すれば余計なコストはかからない。

 

つまり、結論は簡単である。

当事者間で事前に納得できる内容で契約すれば良い。

 

対価の一括支払い制度

実際、特にこの係争の影響が大きかったと思うが、多くの組織が対価の一括支払い制度を導入した。

私自身、この制度以前の発明について後で譲渡契約の内容を変更した経験がある。

特許の帰属、対価の議論は、もう、ほとんど終わった話ってこと。

 

組織に所属して職務としての発明をしている以上、組織に都合良く作られた規約に従うのは当然である。
発明者としては、その発明がどれほどの利益を生み出すのかを事前に算出することはなかなかに難しい。難しいので一括支払いを選択して、まあまあの対価を確実にもらうということも合理的だ。

 

それでは割り合わない、と思えば契約を拒否すれば良い。

しかし、もし発明が出願されなければ発明者も組織も損だ。対価の金額は、どこかで妥結するだろう。

 

一方、組織で給与をもらいながら良い発明ができたらやめれば良いという「うまい話」は難しい。職務上知り得た会社の機密情報を用いない範囲での出願となるからだ。

 

発明者が対価を最大限得るには

やはり組織に所属せずゼロから発明をするしかない。その経費や生活費は自分で用意することになる。

あるいは、「お金だけ出すけど発明はあなたのものだよ」というパトロンを見つけるしない。

 

奇特なお金持ちはともかく、営利企業にとっては給与も一時金も投資に過ぎない。
割に合うと思えば投資するし、そうでなければ投資しない。
社内で発明を推進することが割に合わなければ発明などしない、という会社があって良い。

 

しかし、製造業など技術系の会社なら大抵特許を取得する。
それは、割に合うからだ。
従業員に過大な対価を払わなくて済んでいるということだ。

 

従業員が過大な権利を持つと制度が破綻する

仮に、過大な対価を払え、ということが法制化されたらどうなるか。
営利企業はマイナスの投資はしない。
同時に、個人にとっては状況は変わらない。
必然的に発明は激減し、誰も得しない社会となる。

 

社会主義より資本主義

国家が全面的に発明者のバックアップをするようにしてはどうか。
社会主義だね。支持する人がいても良いけど私は支持しない。

 

発明の価値は市場が決めれば良い。
つまり会社が儲かったり、駄目なら潰れれば良い。
個人は潰さない方が良い。潰れるリスクを負わないなら過大な対価はもらうべきでない。

 

市場の原理にさらされることで発明への投資と効果が最適化されるだろう。
私は個人や国家の判断より市場を信じる。
市場は歪んではいるが長い目で見れば概ね正しい。

 

特許は会社に帰属するのが良い

会社全体でリスクを負担して権利化しているのだから。
そして何より全体として、その方が効率が良い。社会全体のためになる。

 

そのためにも、あるいはそうでなくても、事前に納得して契約しておき、後に禍根を残さないことだ。

 

コストとリスクは誰が負担するか

それでも、いや会社や国家がコストとリスクを負担して、個人に大きな権利を持たせるべきだ、という人はいるのだろう。
原資はどうするの?と聞いてみたいところだ。

 

現に日亜は儲かっているじゃないか、そこから出すだけだろう、というのは結果論に過ぎない。
駄目だったら損失は会社、うまくいったら個人のもの、そんな都合の良い錬金術は有りえない。

 

リターンとコストは結局誰かが負担しなければならない。
そんなもの国民に負担させとけば良いんだよ、という人がいるかもしれない。
いないと信じたいが、そんな人が本当にいるなら社会の敵としか言いようがない。

 

市場に任せろ

もちろん、発明によって創出される社会的価値はある。
それが発明の原資になるということで良い。
それを効率的に実現できるのは誰なのか?

 

国家か? 

いや、国家には効率化のインセンティブがない。

 

個人か?

いや、個人に過大なリスクを負わせるべきでない。

 

会社か?

いや、会社レベルの単位では効率化は十分にできない。

 

市場が担うべきだ。

その受け皿としての会社であり、会社に個人が所属して大きなリスクを回避して思う存分発明すれば良い。

国家の役割は、その維持と構成の実現と、何より余計なことをしないことだ。