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ゼロベースで投資、消費を考えれば「節約」は不要

節約、投資とか持ち家論について。

 

「お金と節約」について初めて本気で勉強する【1冊目】 - 僭越ながら

そういうことじゃない、っていう。全てを投資と考えれば良い。消費をせずに投資だけすれば金は勝手に増える。

 

(追記)【初心者がお金を増やす為に必要な知識のまとめ】「お金と節約」について本気で勉強する【2冊目③】 - 僭越ながら

誰かちゃんと突っ込んであげて!私は面倒なのでやらないけど。無駄な本100冊読んでも無駄。むしろ有害。まず「全面改訂 超簡単 お金の運用術」(山崎元著)読むのをおすすめする。理解できたらあとはご自由に。

 

所得控除が受けられる積立制度を全力活用して月15万円で暮らせば貯まるよ - 情報学の情緒的な私試論β

はてなの人々の金融リテラシーというか資産運用系の知識レベルが思いのほか低いということに今更ながら気づいてびっくりしている。本当は、若い人ほど基本を押さえておいた方が良いんだけどな。

 

少しでも得になるよう、中古マンションを購入するまでに調べたこと - 言いたいことがなにもない

私が不動産屋で利回りの良い物件が有ったら客に出さず自分で買う。不動産屋より目が利く自信があるのなら専業投資家に。経済合理的には賃貸。家を買うということは余分な金で幸福、人生の楽しみを買うということ。

 

家買うときのポイント

 

ブクマとか大量についていて、はてなユーザーってマネー話とかそんなに好きだっけか、その割には全般的にリテラシー低めだなあ、と思っていたら、何かキャンペーンをやっていたせいらしい。

 

金融とか投資とかの偽情報をくぐり抜けて真実に近づいた(と少なくとも自分では思っている)人に共通の体験だと思うけど、まず、自分の過去の無知さに驚愕し、同様に無知な多くの人々がいることに愕然とし、皆騙されている!正しい知識を持ってもらいたい!と思うものだ。

で、「啓蒙」をする。

しかし、誰も理解してくれない。親しい友人でさえ、家族でさえ。

そして、あるとき、あきらめてしまう。

それでも、また、試みたりする。

 

どうせ無駄だろうと思いながらも誰かに届くことを願ってあえてここで書くなら、無駄な知識を仕入れる前に、山崎氏の本を読めば、と思う。

 

全面改訂 超簡単 お金の運用術 (朝日新書)

全面改訂 超簡単 お金の運用術 (朝日新書)

 

 

さて、「節約」に関してだけどゼロベースで考えればすっきりすると思う。

 

生きて行くには消費しなければならない。

 

それにはお金がいる。

なので、まず、生きて行くのに必要最低限の支出というのをはっきりさせる。

 

最低限の支出でも収入より大きいという場合もあるだろうが、ここでは論じない。

 

で、最低限の支出と収入の差額、余剰分から、投資、消費、貯蓄に振り分けられるだろう。

 

それぞれの境界はあいまいだ。

株式や投資信託の購入は投資だろう。

 

映画、外食、おしゃれ、趣味などに使うのは消費。

 

貯蓄は、ここでは銀行口座の残高を積み上げる行為、くらいに考えておく。

 

それぞれにどう振り分けるかは個々人の人生設計というか人生戦略次第になる。

 

各人が「幸福の現在価値を最大化している」と理解する。

 

今の幸福は将来の幸福よりも価値が大きい、という人の場合、現在の幸福を大きく得る戦略、設計が正しい。

つまり、幸福の割引率が高い人は消費を多くする。

 

逆に、現在の幸福を少し犠牲にしても将来の幸福を大きくしたい、という(幸福の割引率が低い)人は投資に大きく振り分けることで、将来に資産を大きく膨らませて、その後に、それを消費に回して幸福と引き換えることで、幸福の現在価値が最大化されるだろう。

 

さて、貯蓄に大きく振り分ける、という戦略は、メリットがないような気がする。

投資のリスクを軽減するために無リスク資産としての貯蓄を多めに取る、ということはあり得るだろうが、消費もしない、投資もしない、貯蓄だけする、という人はどこから幸福を得るのか。

と思ったら、銀行の残高が積み上がることに幸福を感じるのかもしれない。まあ、そういう人もいるでしょうね。ある意味、一番得かもしれない。

 

って言うことだと思う。

 

消費は、しかしそれも一種の投資であって、同じ金額を使って消費するならより幸福が得られる消費に回すべきだろう。

これは、人によって違うし、同じ人であっても時と場所などの条件で変わるだろう。

 

さて、持ち家論争の話だが、私は経済的には賃貸が合理的だと思っているが、持ち家である。

 

家を買う、というのは消費であると思う。

私にとっては、これで幸福を得るのが効率的であると判断した。

ファイナンス的には計算ずくで、大きなリスクはない。

 

あんまり過剰なリスクを取って家を買うのは確かに良くない。

良くないが多少のリスクを負って買う人がいても、まあ良いんじゃないの?と言う気がする。

経済的には不利なのに、これだけ家を買う人がいるということは、人間の本能的な強い欲求だと思わないか。

本能的な欲求を満たす幸せを感じたことがない人が、外部からやいやい言う話ではないと思う。

 

ものすごい禁欲生活をしている聖人にならバカにされても構わないけど、そんなに多くの人が消費しないで生きたいのかね。

 

消費を何に回すか、という点で、その回し先が持ち家、ということで、生涯幸福の現在価値を最大化できるのだという人であれば家買えば良いじゃない、と思う。

 

衣食住、それぞれの最低ラインがあって、それ以上の「消費」分をどう使うかは、各人の勝手だ。

 

まあ、分かって消費している分には、ということにはなるけども。

 

自分と違う志向の人を貶めることで快楽を得る気持ちは分かるけど、持ち家派を過剰にバカにするのは、ちょっとゲスい心が見え隠れするので注意した方が良いんじゃないかな。

 

高々、数千万くらいの話でガタガタ言うねぃ!

 

言い忘れた。

ということで、ゼロベースで積み上げて行くと「節約」という概念は登場しない、という話だった。